このページでは、医療分野の最先端技術を提供する企業に取材を行い、
インタビュー記事として掲載しています。
藤田医科大学発のベンチャー企業として、医療機関の染色体関連の臨床検査を中心に、遺伝子・染色体検査サービスの受託や研究開発を行っています。
同社の研究開発責任者である柳原 玲氏に、お話を伺ってきました。
- 早速の質問になりますが、なぜ遺伝子を分析するとがんになるかどうかが分かるのでしょうか?
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- 柳原氏
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最近の研究によって、がんとは細胞の中の遺伝子が変化することで起こる病気であることが分かっています。
つまり、がんとは遺伝子による病です。多くの場合は加齢や生活習慣などの影響によって遺伝子が変化してがんを発症してしまうのですが、遺伝子の中には「生まれつきがんを発症しやすい遺伝子」もあることが分かりました。
そのような遺伝子によって発症するがんは遺伝性腫瘍症候群と呼ばれ、がん全体の5~10%がこの遺伝性腫瘍症候群だと言われています。弊社が行っている予防的遺伝性腫瘍検査では、そのような遺伝子の有無を検査するのです。
- 「がん家系」という言葉がありますが、家族にがん罹患者がいると自分もがんになりやすいのでしょうか。
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- 柳原氏
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多くのがんは生まれつきではなく、喫煙や食事などの生活習慣・環境によって発症するものですので、血縁者にがん罹患者がいるからといってすぐにそれが遺伝性のがんとは断定できません。
ただ、遺伝性腫瘍症候群の家系には以下のような特徴があります。
・若くしてがんを発症した方がいる
・一人で複数のがんを発症した方がいる
・家系内で特定のがんが多く発症しているこのようなケースでは遺伝性がんの可能性もありますので、検査をすることでがんになりやすい遺伝子が見つかるかもしれません。
遺伝性がんの種類も様々で、特に発症しやすいがんとして
・大腸がん
・乳がん、卵巣がん
・胃がん
・子宮がん
・前立腺がん
などが挙げられます。2013年に女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝子検査を受けたところ乳がん発症率の高い遺伝子が見つかり、将来の乳がん予防のために両乳房切除手術を行ったことが大きなニュースとなりました。
アンジェリーナさんの母親も2007年に56歳の若さで乳がんで亡くなられていて、それが遺伝子検査を受けるきっかけになったそうです。
- 遺伝子検査をすることで、将来のがんの予防や備えができるということですね。
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- 柳原氏
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はい。 私たちが行っている検査では、遺伝性がんに関係する多くの遺伝子を一度に調べ、その方ががんになりやすい遺伝子を持っているかどうかを高い精度で調べることができます。
がんになりやすい遺伝子を持っているかどうかが分かれば、ご本人やご家族に必要な検診・治療をご案内できますし、がんの早期発見や将来のがん発症のリスクを減らすための予防策を考えることにも繋がります。
検査名 検査の内容 予防的遺伝性腫瘍検査 乳がん、卵巣がん、大腸がん、胃がん、肝臓がん、子宮がん、
前立腺がん、肺がん等の遺伝性がんの発症に関連する遺伝子の解析
検査名 予防的遺伝性腫瘍検査 検査の内容 乳がん、卵巣がん、大腸がん、胃がん、肝臓がん、子宮がん、前立腺がん、肺がん等の遺伝性がんの発症に関連する遺伝子の解析 - 遺伝子検査はどのようにして行われるのでしょうか。
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- 柳原氏
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まずは検査の前に遺伝カウンセリングを行います。
もし検査結果が陽性となった場合に考えておかなければならないこと、すなわち、ご本人の今後の生涯にわたるがんのリスクとその回避法やご家族への影響等に関して、検査を受ける人のお話を聞きながら実情に合わせた個別の情報提供をおこないます。遺伝子検査で特に難しいのは、検査結果をどのように解釈したらよいかです。
例えば「あなたのがん発症リスクは30%です」と言われても、それがご本人の生活にどのように影響するのか、そのリスクをどのように受け止めたらよいのか、そこには専門的な知見が必要になります。
遺伝カウンセリングの際には、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーが検査結果の考え方についても詳しく説明いたします。遺伝カウンセリングの後、採血をします。
採った血液は私たちの検査ラボに搬送され、次世代シーケンサーという遺伝子分析装置で検査・解析をし、遺伝性がんリスクに関する分析を行い、信頼性の高い結果を提供します。そして最後に検査結果のご説明をします。検査結果は遺伝カウンセリングを通じてお返しします。
先ほどもお伝えしましたが、検査結果をどう解釈していただくか、それがとても重要です。
遺伝子の変化が見つかった場合には、ご本人だけでなくご両親や兄弟姉妹、お子様がいればお子様も同じ遺伝子の変化を持っている可能性があります。多くの血縁者に影響しうる重要情報ですので、心理面のケアも考慮した説明やアフターフォローをさせていただきます。
- 検査費用はいくらでしょうか。最近では安価な遺伝子検査キットも見られるようになりました。
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- 柳原氏
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予防的遺伝性腫瘍検査は自費でおこなわれる検査で、約20万円程度の費用がかかります。
遺伝子検査サービスは様々な企業が提供していて、中には1万円程度と安価に受けられる簡易検査キットもあります。
しかし、それらのサービスは、対象とする遺伝子の一部しか見ていないため、検査でみつかる変化は、がんにならない方も同じくらい陽性になるような検査です。よって、得られたリスク情報からでは健診や治療が必要か判断できません。また検査結果を利用者に報告するのみで、利用者がそれをどのように受け止めたらよいかのサポートが不足しています。私たちが大切にしているのは「次世代シーケンサーによる高い精度の遺伝子分析」と「検査時の適切な遺伝カウンセリング」です。遺伝子検査を受けられた方の不安や疑問に応えられる体制を持ち、判明した検査結果を今後の人生や健康管理に活かしていただけるような遺伝カウンセリングを大切にしています。
日本医学会のガイドライン(2011年)では、遺伝カウンセリングを「疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセス」と記しています。
つまり、一方向的な情報提供ではなく、対話形式によって受診者が理解・納得して適切な行動を取れるよう支援することと考えられます。
- 御社の遺伝子検査はどこで受けることができますか?
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- 柳原氏
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東京都内の医療機関で採血を行っています。また、日本全国へ実施場所の拡大を進めていますので、検査にご興味のある方はお気軽にご相談ください。
株式会社OVUS:https://www.ovus.co.jp/
お問い合わせ先:yobo@ovus.co.jp
- 子どもが受けることも可能なのでしょうか。
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- 柳原氏
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現時点では成人(20歳以上)を対象としております。
基本的に、遺伝子情報は生まれた時から一生涯変わることはありません。
そのため私たちの遺伝子検査は一生に一度だけ受ける検査で、早いうちに検査を受けておくことは有用だと考えられます。ただ一方で、先ほどもお伝えしましたとおり、遺伝子検査の結果はその解釈・取り扱いには特別な配慮が必要です。
もし自分ががんになる可能性が高いという結果が出れば、多くの心配・不安が出てくるでしょう。
その心理的負担の大きさも含め、自己決定権を有する成人(20歳以上)の検査の受診を推奨しています。
- 遺伝子検査の今後の発展についてはどうお考えでしょうか。
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- 柳原氏
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遺伝子の解析技術は飛躍的に進歩しています。
今後も解析精度の向上や遺伝情報の蓄積によって、大きく進化を続けていくでしょう。
現時点で病気の原因となるかどうかわからない遺伝子変化が、研究が進むことで判定ができるようになるかもしれません。また、遺伝子を原因とする病気はがん以外にもあります。生活習慣病である糖尿病や心疾患もそうだと言われています。
これらの病気については十分な研究データが得られていないため、高い精度での発症予防のための遺伝子検査はまだ難しいのですが、今後データが蓄積されてくれば遺伝子解析によるリスク予測も可能になってくると思います。
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取材を終えて
統計情報によれば現在の日本では2人に1人ががんを罹患すると言われていて、今や日本人の死因のトップはがんです。それだけがんは私たちにとって身近な病気であり、治療や予防技術の開発が強く求められています。
この遺伝子検査でがん遺伝子が見つかる割合は多くないとのことですが、もし自分がそのがん遺伝子を持っていてそれを検査で発見することができたら、今後の人生を考える大きな転機になることは間違いないでしょう。
検査費用や検査結果の解釈の仕方、遺伝子情報の取り扱い方などまだまだ課題は多くありますが、将来的には誰もが当たり前のように遺伝子検査を受けて、必要に応じた適切な予防処置を受けられ、がんを克服できる世界がやってくるかもしれません。
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インタビュー先情報
株式会社 OVUS
藤田医科大学の研究技術をもとに、ゲノム・遺伝子・染色体に関する検査、解析および解釈に関する事業を展開。柳原 玲(研究開発部 部長)
分子遺伝学の研究者、遺伝子解析技術の開発者として、臨床検査で行われる遺伝子検査の研究開発に従事。最新の遺伝子解析技術に精通し、がん関連の遺伝子検査を始め、数多くの臨床検査サービスを立ち上げた実績を持つ。2020年より新規のがんリスク遺伝子検査の立ち上げに従事し、「予防的遺伝性腫瘍検査」サービスを普及すべく活動を行っている。
ハリウッドで活躍する人気女優。
遺伝子検査を行った結果、乳がんの発症リスクの高い「BRCA1」という遺伝子に変異が見つかった。
乳がんの発症リスクは87%、卵巣がんは50%と医師に診断され、「がんにおびえることなく子供たちと長く生きたい」と手術を決意し、世間に公表した。