妊娠糖尿病と、糖尿病有病者の妊娠(母体・子供への影響)を産婦人科医が解説
みなさんは「妊娠糖尿病」という言葉を聞いたことがありますか?
産婦人科では不妊治療や妊婦健診の時に、何度も血糖や尿糖をチェックしています。
なぜ産婦人科医はここまで糖尿病のことを気にするのでしょうか?
今回は妊娠・出産を目指す全ての方に知っていただきたい「妊娠糖尿病」について説明しています。
また後半では、すでに糖尿病をお持ちの方の妊娠について、現役産婦人科医がわかりやすく解説していきます。
この記事の目次
「妊娠糖尿病」を正しく理解しよう
多くの方が、「自分は糖尿病は関係ない」と思っていませんか?
妊娠されている方には、一定の確率で「妊娠糖尿病」を発症する可能性があります。
妊娠糖尿病がどのような病気かを知らない方は、この記事を読んで勉強していきましょう。
意外と多い産婦人科での糖尿病検査
産婦人科では、妊婦健診(初期から満期まで2~4週間おきに10回程度)の時に、毎回必ず尿検査で尿糖をチェックします。
さらに血液検査でも1~2回は血糖値もチェックしています。
また、これから妊娠を目指して不妊治療を開始される方にも「スクリーニング検査」として血糖関連の検査を行なっている施設がほとんどです。
なぜ産婦人科医はここまで糖尿病のことを気にするのでしょうか?
実は、普段の健康診断では特に何も言われていない方でも、妊娠前、妊娠中、そして出産後に糖尿病関連のトラブルを経験される方が日本でも増えているのです。
特に妊娠中は生理的に、妊娠していない時より血糖の異常が発見されやすくなっています。
トラブルを避けるためにも、必ずスクリーニング検査を受け、その後の健康管理に役立てることをおすすめしています。
「妊娠糖尿病」ってどんな病気?
妊娠糖尿病は、「妊娠中に初めて発見または発症した、糖尿病に至らない糖代謝異常」と定義されています。2010年に世界共通の診断基準が提案されました。
妊娠中は、赤ちゃんに栄養を与えるために血糖値が生理的に上昇します。
通常、膵臓からのインスリン分泌も増加するため、血糖値は正常範囲内に収まることが多いのですが、膵臓の予備能が低いと妊娠中にインスリンが不足してしまいます。
妊娠中にインスリンが不足してしまうと、血糖値が高くなったり、血糖コントロールがうまくいかなくなります。その結果、妊婦さんや赤ちゃんにさまざまな合併症を引き起こす可能性があるのです。
これが妊娠糖尿病です。
妊婦中に起こる可能性のある糖尿病の合併症は、妊婦していない時と同じものもあり、
・糖尿病性神経障害
・糖尿病性網膜症(眼疾患)
・糖尿病性腎症(腎臓病)
・低血糖
などが知られています。
■ 参考記事
糖尿病の合併症「えのき」と「しめじ」。糖尿病患者が気を付けること。
さらに、妊娠中には以下のような特有の合併症があります。
・妊娠高血圧症候群
・早産
・羊水過多
また高血糖のため、出産時に赤ちゃんの体重が大きくなりやすい(巨大児になりやすい)ため、
・肩甲難産
・赤ちゃんの腕神経麻痺
・赤ちゃんの骨折
・産道裂傷
・帝王切開率の上昇
・赤ちゃんの低血糖
などが起こる可能性が高まります。
これらの問題を防ぐためには、血糖値を目標範囲内でコントロールし、巨大児を予防することが重要です。
また、血糖値が正常になったことを確認するために、出産後にも血糖値をチェックする方が安全です。
妊娠糖尿病になりやすい人ってどんな人?
妊娠糖尿病になりやすい人の特徴は
・糖尿病の家族歴がある
・肥満
・35歳以上の高年齢
・巨大児分娩既往
・原因不明の習慣流早産歴がある
・原因不明の周産期死亡歴がある
・先天奇形児の分娩歴がある
・妊娠中の強度の尿糖陽性もしくは2回以上反復する尿糖陽性
・妊娠高血圧症候群
・羊水過多症
などがあります。
日本での妊娠糖尿病の発生頻度は7~9%と言われていて、誰でも発症する可能性があります。
妊娠糖尿病のスクリーニング検査は、妊娠したら全員が受けるべきですが、「妊娠糖尿病になりやすい人の特徴」に該当する方は、積極的にスクリーニング検査を受けるようにしたいですね。
「糖尿病をもつ方の妊娠」を正しく理解しよう
糖尿病を持つ方は、妊娠・出産にさらに強い不安を感じていることと思います。
インターネット上にはさまざまな情報が溢れています。ときには不安に感じる内容を目にしてしまうこともあるでしょう。
糖尿病を持つ妊婦さんからよくいただく2つの質問について、産婦人科医がわかりやすく解説します。
よく頂く質問「糖尿病があると妊娠しにくいの?」
不妊症や月経不順の原因のひとつに「糖尿病」があります。
つまり、「糖尿病の女性は不妊症や月経不順になりやすい」といえます。
なぜ糖尿病の女性は月経不順になりやすいのか、その機序は完全には解き明かされていません。
ただ、規則的な月経には規則的な排卵が必要で、インスリンはその排卵機構にとって、とても重要なホルモンであることが知られています。
糖尿病ではインスリンの代謝が障害されることが多いため、排卵障害をきたす頻度も高いと考えられているのです。
そのため、一部の不妊症の女性に糖尿病の治療薬を使用すると妊娠率が上昇し、また流産率も減少することが報告されています。
普段あまり産婦人科を受診する機会がない方も多いと思いますが、月経不順などがあれば産婦人科に相談することをおすすめしています。
よく頂く質問「糖尿病の妊婦さんの子供・母体への影響は?」
妊娠前には、妊娠に適しているかどうか、つまり、
・血糖値が十分にコントロールされているか
・妊娠中に悪化する可能性のある糖尿病合併症がないか
を確認する必要があります。
妊娠初期の血糖値が高い場合には赤ちゃんが先天奇形を合併しやすくなります。
妊娠4〜9週で赤ちゃんのいろいろな臓器が作られますが、お母さんの血糖値が高いと赤ちゃんの血糖値も高くなり、先天奇形の発生率があがるといわれています。
しかし、この時期に妊娠に気が付かないことがあります。高血糖による赤ちゃんへの影響を防ぐためには、普段から血糖値のコントロールを良くしておくことが大切です。
血糖値のコントロールに加え、妊娠前の検査では、網膜症や糖尿病性腎症などの合併症の有無や、妊娠によって影響を受ける可能性のある疾患をチェックします。
すでに増殖性網膜症を患っている場合は、まず眼科で治療を行い、網膜症が安定していることを確認します。
安定していない状態での、妊娠・出産は網膜症の進行、母体の失明リスクが上がってしまうからです。
さらに、糖尿病性腎症で「蛋白尿が常に陽性」の場合は、赤ちゃんが早産や低体重になるなど、新生児期にさまざまなな合併症を引き起こす可能性があります。
妊娠を予定されている方は、妊娠前から糖尿病や合併症の治療を開始し、計画的に妊娠することが大切です。
■ 参考記事
・現役看護師が解説する『3分でわかる糖尿病網膜症の基本』
・妊娠糖尿病の妊婦さんも加入できる医療保険で、もしもの医療費や出費に備えを!
まとめ
妊娠糖尿病は、妊娠をすればどなたにも起こりうる病気です。
治療のために通院回数が増えたり、入院が必要になることもあります。
合併症を防ぐには、妊娠に気が付いたら早の産婦人科への相談が大切です。
また現在すでに糖尿病がある方やリスクのある方は、妊娠前から対策が必要です。
妊娠前、もしくは妊娠に気付いた段階から適切な治療を開始することで、さまざまなトラブルを回避できる可能性があります。
糖尿病を抱えての妊娠・出産に不安をお持ちの方も多いでしょうから、妊娠を予定されている方は、妊娠する前に、ぜひ一度産婦人科に相談してください。
この記事の執筆者 R.N.@産婦人科
産婦人科医として産科・不妊症・婦人科がんまで幅広く診療に従事。「ゆりかごから墓場まで」をモットーに様々な年代の女性に寄り添った診療を心がけています。
多数の臨床・研究の経験を活かして、医療ライターとしても活動中。
主な所有資格:産婦人科専門医、日医認定産業医、がん治療認定医など